もう一度、作家もののうつわ

   

これまでの内容を読んでもらえば、「作家もののうつわ」について、少しはわかってもらえた気がするんだけど。。(どうだろ?)
一応、まとめないとね。やりっぱなしみたいだから。って?コラムってまとめるもんだっけ(笑)。ま、許して下さい。A型だから。って本当は血液型の因子は脳には入らないから、こういうタイプって本来、血液型で分ける事はできないらしいんだけど。。ま、A型だから(笑)

「雪の夜話し」で書いた、貫入が入る時に「ピン」「ピン」という高いきれいな音。
実は日にちが経ってからも聞ける時がある。
Cesnでいうと、加藤委さんや高島大樹さんのうつわ、時々、入るんですよ。
焼き上がってから何日、何ヶ月もしてから。
だから買ったお客さんももしかしたら聞いた事があるかもしれないし、僕のようにビックリしたかもしれない。

でも聞けたらその音、かなりラッキーには違いない。だって、一日中聞いてるわけにもいかなし、いつ音がするかなんてわからないし。かすかな音だし。
作品によっては、少しづつ増えていく貫入。陶器だけが成長するうつわかと思えば磁器も成長(?)する。
加藤委さんは磁器(青白磁)、高島大樹さんは陶器(ガラス釉のうつわ)

陶器、磁器、そしてガラス。
磁器なら白い生地に華やかな絵、絵の具のにじみが趣を持つ絵、食べ物を盛った時の清潔感もピカイチ。
土ものには磁器にはないやわらかさや渋さがある。食べ物(盛ったもの)とお皿の雰囲気が合った時は、抜群に美味しそうに見える。ちょっとめんどうな所も可愛く思える。
ガラスだって同じ。透明感が持つ清涼感。硬くもやわらかくも表現できる柔軟さ。やわらかい光り、強い光りを魅惑的・強い輝きで、魅せる。

陶器と磁器、始めはどっちがどっちかもよく分からなかったのに、身近に触れるようになって知らないうちに分かるようになって、見え方もずいぶんと変わってきた。
ガラスこそ誰が作っても同じじゃん、って思ってたのにガラスこそ全く違ってくると気付いたこと。

「作家もののうつわ」は工業製品のような画一的な模様がないことも。
のびのびと自由な絵、うつわ自体が生き生きとしている。単に食べ物を入れるうつわではなく、食べる前、食べてる時、食べ終わった後、まるで遊んでいるような穏やかで楽しい時間。
遊ぶうつわ、楽しめるうつわ。

そして、そこに内在するアートな領域、技術に支えられた完成度。
絶妙なバランス感覚に富み、うつわ1個がはっきりと、そこに存在する力強さ。
食べ物を入れなくても主張する強い存在感と、食べ物を入れた時に消える存在感。
時間が経っても「これは、よかった」って思える変わらない作品への想い。

何にこだわる必要なんてない、気がする。
「作家もののうつわ」その魅力と使い方が自由に広がる。だって、いいものっていろいろあるんだもん。自分で「私は磁器」(陶器、ガラスでもいいけど)って決めつけちゃったら、もったいないし狭くなっちゃう。
「世界はこんなにも広いよ」ってうつわ達が語りかけてくる。

「作家もののうつわ」って使う人が、もっと楽しんだり遊んだり、好きなように使えるうつわなんだよね

「作家もののうつわ初心者」の方を中心に、できるだけ興味をもって頂きながら、理解と知識を深めていく感じ(笑)で書いています。
クレームなどはご遠慮願いますが、誉めて下さるメールはお待ちしています。
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作家もののうつわ現代工芸舎