vol.18「うつわはアート?」
 

うつわの場合、食べ物を入れられるように形が出来上がってさえいれば、うつわ。

「作家もののうつわ」も、そうなんだけど見る人が見ると、完成度(肌やうつわ全体の雰囲気など)っていうのがあって、個人的に、業界的に評価されていたりする。そんな、「作家もののうつわ」が、はたして、本当に単なるうつわなのかなぁ・・と、僕は思う。

(皆さんは、そう思わない?おかしいよね。。完成品の中に完成の度合(レベル)みたいなのがあるの。しかも、うつわを作る作家さんは、「作家さんの言葉」を見てもわかるように(No.16「ブラックボックス」を読んでね)、あれ?ちょっと普通の人と違う考えのもとにうつわを作ってる気がするよっていう感じのコメントを出している。)

しかも、作家もののうつわ愛好家たちは、特にこれをおかしいとは考えない。素直に、「この人はこうやって作ってるんだ、こう考えてるんだ」って納得する。(びっくりするよね。)

僕が、うつわはアートじゃないけど、アートなんじゃないか・・言い方を代えれば、アートという領域みたいなのがあるとして、そのアートかアートじゃないかっていう境目、そのふちのところに位置しているのが「作家もののうつわ」なんじゃないか、って思う。実は「作家もののうつわ」をアートとして見る場合とアートとして見ない場合がある。(僕がではない、アートにたずさわる人たちの間で)そのことが、実は境目なんじゃないかっていうことを証明しているような気がする。。

知っている人だけが知っている「作家もののうつわの完成度」じゃ、怖くて僕は買えないって思っちゃう。(だって、嫌じゃん。自分が買ったものが実は、完成度の低いうつわだったら。)作家もののうつわ愛好家たちが知っている・持っている「ここに行けばいいモノに出会えるギャラリー」なんて、その世界に詳しくならないと誰も知らない。(少なくとも、今の僕には一人でギャラリーの扉を開いて中に入っていく勇気はない。ドキドキするもん。)

もっと、誰もが簡単に近づけて、うつわ好きな人たちも認めてくれる作家を扱ってる、簡単に買えるお店はないの?って思っちゃう。それが、Cesn立ち上げの動機。

できるだけ広く開かれたCesnを作りたい。インターネットでは、会員登録制という所もある。Cesnとしては、せっかく、誰でも自由に気軽に見れる環境を失ってまで、隔絶した空間を作ることはしたくない。明るくオープンな出入りに、また、壁を作ってしまう事はしたくない。「アート」って面白いんだよ。(大人が一生懸命考えて、感覚的に・論理的に表現する・作る)作り手は、広く作品を見せたいし、そして何より一生懸命作ってるんだもん。それをCesnが「見るなら会員登録してねって」規制しちゃ、悲しいよ。